冬に走る
札幌の冬は長い。屋外で走りたいなら、雪も氷も、吹きだまりも相手にすることになります。
僕には、雪の中を走っても足がぬれにくい、冬用のReebokがあります。この一年でSalomonとNike ACG(All Conditions Gear)のシューズも買いました。こちらも防水タイプです。
朝に走るのが好きなので、夜のあいだに雪が降ると、まだ除雪されていない歩道を暗いうちから進むことになります。慣れてしまえば、僕にはそれも特別なことではありませんでした。
ただ、雪国の冬、外でスピードを出すのは難しい。暖かい土地へ行くか、冬は速く走れないと割り切るかです。僕はそれで構いません。ゆっくり走ります。冬のあいだは、先のレースに向けて土台を作るのです。
凍りついた街に出ると、僕は「人間なんだ」と感じます。自然に挑み、簡単には引き下がらない生き物。冬に眠る植物でも、冬眠する熊でもなく、寒さの中で何をするかを自分で決められる人間です。自信を持つために、外の太陽は要りません。太陽は内側にある。それがエンジンになり、氷の上を、雪の中を進ませ、冷たい世界に小さな温もりの島を作ります。その温もりで足りるのです。人間は頑固で、どんな条件でも幸せに生きようとする。そのことが、なんだか誇らしい。意志と粘り強さを試され、それに応えられるのがうれしいのです。
冬は装備が大切です。これはどうしようもありません。外気温を確認し、自分の体がどう反応するかを知っておく。運動着の下に保温用のインナーを着て、帽子と防水シューズも用意します。僕はBuffのネックゲイターを使っています。マイナス20℃を下回るような日には、冷たい空気を直接吸い込まないよう鼻まで引き上げました。走り終わるころには、それが面白いほど固まっています。湿度が高いと眉やまつげに白い霜がつく。写真に撮ると、とてもきれいです。
ランニング用品のメーカーごとに、冬の服の考え方は違います。気温別に一式をそろえるところもあれば、単体でも重ねても使える服を組み合わせるところもある。ナイキは後者で、僕はこれが気に入っています。インナー、普通のフリース、薄手や中綿入りのベスト。気温に応じて2枚、3枚、4枚と重ねれば、かなり快適に走れます。
顔は意外と、それほど冷えません。普段から出して歩いているので、寒さに慣れているのでしょう。むしろ冷えやすいのは、血の巡りが少ない手足。手袋を2枚重ねるのも、悪い考えではありません。
冬のランは、滑って転んだり、足首をひねったりする危険があります。速さや記録より、脚を守ることへ意識が向きます。いいシューズでも滑ることはある。冬ランの第一目標は、けがをしないことです。
名ランナーたちも、いつも理想的な路面で練習しているわけではありません。ぬかるんで足を動かすだけでも大変な道など、抵抗の大きい場所を走ります。脚の力や動きの連携を鍛えるのです。ならば、雪があるうちは、その条件を生かすこともできる。記録を狙う季節になれば、きっと軽く感じるはずです。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」「風ニモマケズ」といきたいところです。ただし、凍った道では無理をせず、ゆっくりと。要するに冬は、走るのにうってつけなのです。
走る時間
本番のレースと同じ時間帯に練習するといい、と読んだことがあります。筋は通っています。僕が出たレースの多くは朝スタートでしたし、自分でも朝食前に走るのが好きです。
まだ人の少ない道を進み、街が目を覚ますところを見るのは、いいものです。車も歩行者も少なく、誰の邪魔にもならない。それに、朝のうちに一つやり遂げている。やるべきことを済ませて、一日を始められるのです。
夏、暑くなると走りづらくなります。水分を多く失い、日差しで体調を崩す危険もある。そこまでの経験はありませんが、夏はなるべく早く、太陽がこちらの敵になる前に走るようにしています。
夕方には、たいていもう疲れているので、夜の練習は少なめにします。それに「時間が過ぎていくのに、今日の分がまだ残っている」と気になってしまう。毎日走るのが習慣になると、走るまでは一日が完結しないのです。その気持ちを一日じゅう抱えているのは、少しつらい。
もちろん、一日の活動を締めくくる夜ランが好きな友人もいます。走って、シャワーを浴び、お気に入りのドラマを見て寝る。気持ちはわかります。なぜか僕も、朝より夜のほうが速く走れることが多い。夜には夜のよさがあります。
それでも大事なのは、そもそも走ること。朝か昼か夜かは好みです。夜中のレースというものもあります。あれはきれいですね。
トレッドミルで走る
基本的には、土の上、舗装路、あるいは陸上トラックを走るほうが好きです。
でも、事情はいろいろ。冬、服装や氷の状態、除雪の具合を気にするのが面倒なら、ジムのトレッドミルで走れます。考えてみれば、悪くありません。速度を決め、音楽をかけ、必要な距離を積めばいいのです。
大きな利点は、周囲の状況を気にしなくていいこと。信号待ちも、穴や段差も、犬やキックボードもありません。ほぼ一定の速さで走れ、マシンの表示で距離と時間を確認できます。2km走ったのか4kmなのかがわかり、いつでもやめられる。スマートフォンなしでも走れます。
10kmのつもりが5kmで終わることもあります。そういう日でも、帰宅のためにタクシーを呼ばなくていい。ただマシンを止め、更衣室へ行けばいいのです。
もちろん、地面を走るのと同じにはなりません。でも、天気の悪い日に外を走る代わりには、十分使えます。
特に好きなのは、傾斜を変えられるところ。コースの起伏はランナーにとって重要です。丘を走るのと、完全な平地を走るのは、まるで違う。平地でばかり練習し、坂のあるレースに出れば、ペースは落ち、息も早く上がります。坂を走る力は、いろいろなコースを走るために必要です。トレッドミルの傾斜は、その練習にも使えます。
音楽
何時間も走っていると、少し退屈することがあります。そんなとき、イヤホンをつけて、別の世界に触れたくなります。
音楽もオーディオブックも、いろいろ聴きます。Apple Musicを契約していて、既成のプレイリスト、例えばNike Trainingのシリーズなどを使います。自分でも作ります。Fast Run、Slow Run、Marathon Listなどです。
Fast Runは、何かをやり遂げたくなる選曲です。全部が速い曲というわけではありません。でも好きなメロディーを聴くと、その曲を裏切りたくなくなる。歌い手の声に応えるように、ついペースを上げてしまいます。心は歌い、脚は距離を刻む。
Slow Runは、落ち着いた音楽。速く走らせようとはしません。その代わり、穏やかな気分で、笑顔のまま進めます。心拍を抑えて長く走りたいときに、ぴったりです。
その後、国や大都市ごとの音楽チャートを見つけました。これは面白い発見でした。街によっては地元の曲がほとんどなく、アメリカやヨーロッパの世界的ヒットが並ぶ。ありがたいことに、そうでない街もあります。ボゴタ、サンパウロ、リマなど中南米の街、ナイロビ、ラゴス、ケープタウンなどアフリカの街のチャートには、ずいぶん刺激を受けました。まるで違うリズム、予想しなかった音。走る気になります。街別が好みでなければ、国別でも聴けます。
小さな音の旅です。行ってみたい国を選んだり、昔の旅を思い出したりしながら、遠い土地のプレイリストを聴く。ドイツやフランス、ポーランドより、僕にはもっとなじみの薄い国のほうが面白かったですが、いろいろ試しました。帰宅して妻に「今日はコロンビア、パラグアイ、ケニア、日本の音楽で走ったよ」と報告する。いつもの暮らしのリズムが変わります。英語やロシア語だけでなく、スワヒリ語やマラーティー語の歌を聴くのも楽しいものです。
ケニアのチャートは、もちろんおすすめです。世界屈指のランナーたちの国ですから。彼らの聴く音楽も、少しくらい記録に関係しているのではないか。そんなことを考えてしまいます。ナイロビの曲は元気で、リズムがとてもいいのです。
ひときわ独特だったのは、ボツワナのチャートです。アフリカ南部にあり、独立後の内戦を経験せず、比較的腐敗が少なく、経済的にも成長してきた国だと僕は読んでいました。アフリカの成功例として紹介される、その社会では何を聴いているのか。知りたくなったのです。
国ごとのチャートを聴くと、人も好みもいろいろだと感じます。メロディー重視の人、勢いが好きな人。ロック、ポップス、テクノ。でも、あのときのボツワナのチャートだけは、一人のDJが好みを貫いてまとめたプレイリストのようでした。曲が変わったことにも気づきにくい。まるでこの国だけは、みんなの音楽の好みがぴたりとそろっているかのようです。もちろん聴いていた僕の印象ですが、その流れに乗って走るのは最高でした。
そんなふうに、世界のチャートを聴いています。気に入った曲に出会えば、自分のプレイリストに追加します。
オーディオブック
本については、難しいビジネス書はあまり頭に入りません。走っているあいだは、本だけに集中してはいられませんし、車や路面の穴、つまずきそうな場所を見なくてはならない。複雑な考えは取りこぼします。主に聴いていたのは、Netflixやゴールドマン・サックスなどの企業の物語。ナシーム・ニコラス・タレブの『ブラック・スワン』も聴きました。
読みやすい科学ノンフィクションは、よく合います。『都市で進化する生物たち』は、とても面白かった。生き物が都市環境に適応し、進化し、新しい居場所を見つけていく話です。街を走りながら聴くのに、ちょうどいい本でした。
『銃・病原菌・鉄』も好きでした。なぜ主にヨーロッパやアジアの社会が力を持ち、アフリカ、アメリカ、オーストラリアへ進出したのか。逆ではなかったのはなぜか。そんな問いを扱う本です。文学のポッドキャスト、歴史の解説、SFも聴きました。個人的な大発見は、ダン・シモンズの『ハイペリオン』シリーズと、ジャック・ロンドンの『マーティン・イーデン』。ペレーヴィンの作品を片っ端から聴き、劉慈欣の中国SFの途方もなさにも驚きました。ほかに何も達成できなかったとしても、これだけで走ったかいがあったと思います。
もっとも、オーディオブックでスピードを出すのは難しい。速さより、一定のゆったりしたラン向きです。いわゆる「ゆるラン」。ページは進んでも、ペースは上がりません。それはそれで、とてもいい。しかも、驚くほど世界が広がります。
映画『DUNE/デューン』を見る前には、原作を音で読むことにしました。その週はたくさん走ったので、映画を見るまでにちょうど聴き終えました。大正解でした。本を知らなければ、わからなかったことが多かったはずです。こうしてランニングのおかげで、映画の見え方まで変わったのです。
映像
そう、走りながら映画やドラマを見ることもできます。もちろん、屋外ではありません。
ジムのトレッドミルなら、マシンが速度と距離を管理してくれます。どのように、どれだけ走ったかがわかるので、スマートフォンを記録に使う必要はありません。
目の前の台にスマートフォンを置き、イヤホンをつなぎ、Netflixで何かを再生します。8〜10kmほど走れば、ちょうど1話分くらい。話題の作品についていきながら、運動もできるわけです。
「くし形」のラン
村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』を読みました。練習の教科書ではなく、走ることを通して人生を語る回想録です。日々の走りが、その人の生き方に少しずつつながっていく。その静かな面白さがあり、僕はとてもいい本だと思います。記録だけでは測れないランニングの豊かさを、読者に手渡してくれる一冊です。中でも心に残ったのは、距離にかかわらず途中で歩かず走る、その姿勢への誇りでした。止まらずに続けるという強さ。日本には優れたランナーも、素晴らしい記録もたくさんあります。以前の僕は、それを日本人の粘り強さと結びつけて考えたりもしました。
残念ながら、僕には同じようにはできません。大会本番なら止まらないとしても、練習では止まってもいいのでは。体がそう求めるなら、耳を傾けたいのです。
Garminのアプリは、そのときどきの速さを記録します。1kmや1マイルの平均だけでなく、何分目にどのくらいの速さだったかも見られます。友人と練習や結果を比べると、一定のペースを保とうとしている人が多いことに気づきました。それもいい。でも、僕には合いません。
いつもではありませんが、僕はよくペースを変えて走ります。心地よく走れる速さで、走れるだけ走る。動きが乱れたり、息が上がったりしたら、歩くか止まる。呼吸が戻ったら、また走る。それを予定の距離に届くまで続けます。
Garminで分析すると、止まったところ、加速したところがはっきり出ます。友人のグラフが長く一定に走ってから少し下がる形なら、僕のは「くし」です。速度の山がいくつも並び、そのあいだで、ほぼゼロまで落ちています。
走り慣れていない人には、このリズムも合うのではないかと思います。無理に続けるより、最後までたどり着きやすい。最初からそう決めておけば、これはちゃんとした作戦です。弱い自分を責めなくていい。そういう計画だったのですから。
休憩を挟むと、平均心拍を抑えながら長い距離を進め、走る区間のための力を残せます。心拍が落ち着き、体が負荷を受け止め、「もう大丈夫、先へ行こう」と合図する。そうしたら、また走るのです。急がば回れ。僕には、そんな走り方でした。
僕はこの「くし形」が大好きです。決めた距離を速く走るインターバル走とは違います。短いランと短い休みを重ね、走ることになじんでいく。一回の練習の中で、それを何度も繰り返すのです。