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9月

走ることが、暮らしになった一年。

読書時間の目安:約21分
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セックスとランニング

話し方の本を読んでいて、話し手の性生活を扱う章に出会いました。定期的なセックスは集中力や気分によい、といった内容です。僕は思いました。「なるほど。セックスの話は、どんな本にも入れられるんだな」

何が言いたいか、わかりますね?

街の暮らしには座り仕事が多い。骨盤周辺の血流や勃起の問題に関わることもある、と読みました。定期的に走って全身を動かすことは、その意味でも役立つのではないか。僕はそんなふうに考えていました。ただし、走れば問題がなくなる、あるいは治せるという保証ではありません。

この話は、そのくらいにしておきましょう。細部は省きます。

トラックでヤッソ800

トラックを走るのは変化に乏しく、心が躍る人は少ないかもしれません。完全に平らな路面を、同じように何周もする。便利さは最高、退屈さも最高。アプリの地図まで、面白みがなくなります。

でも、狙った距離で速さを試すには向いています。地形に邪魔されにくく、退屈に負けなければ、5km、10km、21kmを、力に合う速さで走りやすいのです。

標準的なトラックは一周400m。「ヤッソ800」というインターバルには、うってつけです。アメリカのランナー、バート・ヤッソの名で知られる、800mの反復練習です。

800mを、速いけれど全反復を保てるペースで走る。その間は軽い回復ジョグでつなぐ。これが基本です。

面白いのは、800mの分・秒を、マラソンの時間・分に読み替える目安です。800mが3分40秒なら、フル3時間40分という目標の参考にする。でも、結果を保証するものではありません。トラック二周をうまく走るのと、42.2kmを耐えるのは別の課題です。間の回復は、速い区間とほぼ同じ時間を取ります。

何度か繰り返します。初めは2〜3本、準備が進むにつれて10本へ増やすことが多い。ただし本数とペースは、自分の力とその日の体調に合わせるものです。将来のマラソンに、きれいな数字をつけるために無理をするのではありません。

トラックの数分とマラソンの数時間が結びつく単純さは、僕も好きです。でも、大まかな練習の目安であって、確実な予測ではありません。数本の速い区間から、最後までの持久力、補給、天候、当日の展開まではわからない。20〜30分で自分のフルのタイムを知ることはできません。やはり、走らなくては。

比較的短い練習でも、負荷は強く、けがの危険があります。アップを丁寧に。例えば2〜3kmを軽く走り、十分に体を温めてから反復へ入ります。

速い区間のあとでは、マラソンペースが楽に感じることもあります。走る力や有酸素の能力を鍛える練習であり、トラックを好きになる入口にもなるかもしれません。

自分で買ったシャツ

大会では、参加賞としてオリジナルTシャツをもらうことがあります。鮮やかで、大会のマークが入り、思い出としてうれしい。みんなが同じシャツで走り出すと、大きな一つの仲間だという気分になる。あの感じには、浸りたくなります。

ただ、少し考えてみます。シャツの品質はどうでしょう。大量にそろえるときには、価格も大事だったはずです。スポンサーからの提供でも、最高価格のモデルとは限りません。

自分に合うか試していないシャツで、本番を走るのは賢くありません。僕は大会には、自分でお金を出して買い、すでに試したものを着ます。擦れず、汗を逃がし、体に合うとわかっている一枚です。

大会シャツは集めて、普段の練習に使えばいい。見覚えのあるシャツの人と出会うと、心の中で声をかけます。「その大会、僕も走りました。仲間ですね!」

そんなわけで、自分で選んで買い、心から信頼できるシャツを、少なくとも二枚は持とうと決めました。

乳首

意外かもしれませんが、男性の乳首も長いランで擦れて出血することがあります。化学繊維のシャツが長く触れ、薄い皮膚を傷つけるのです。防ぐため、あらかじめテープを貼るランナーもたくさんいます。

肌触りもデザインもいい、サッカー用のシャツを持っていました。不思議なことに、90分までのランなら快適なのです。サッカーの試合も90分でしょう。でも、その先も走ると擦れ始める。

試したことのないシャツでハーフ以上を走ると、胸元に二本の血の筋をつけて帰ってくる危険があります。

爪は短く

小さなことに思えても、この教訓は血で覚えました。長いレースの前は、足の爪をきちんと整える。文字どおり、血の教訓です。短いランなら少し気になる程度でも、ハーフ以上では長い爪の端が皮膚を傷つけ、ソックスに血がつきます。

靴の先へ当たれば、爪が割れ、ときにははがれることもあります。うう……見たくないものです。

だから大切なレースの前日は、爪を確認して適切に短くするためだけのリマインダーを設定します。長く見えなくても、忘れないためです。

大切なレースに申し込む

大切というのは、長いという意味ではありません。自分の5km、10km、ハーフ、フル、何でもいい。自分にとって大きな日であることが大事です。その日に向けて調整し、調子を整え、いい結果を出す。その記録は、次にまた更新すればいいのです。

申し込みでは、名前、性別、年齢、予想タイムなどを聞かれます。余計な遠慮は要りません。普段の練習のタイムではなく、現実的に目指すタイムを記入します。もちろん、大きく見せすぎるのもよくない。野心はあっても、地に足はつけて。

スタートでは、目標に応じてブロックに分かれます。速い人から順に出て、後方には、時間の目安がまだない人も並びます。遠慮して実力よりずっと遅い予想を出すと、遅めの集団から出て、最初の数kmで抜くのに苦労するかもしれません。そこで失った数秒、数分が、あとで気になる。3時間59分と4時間1分では、印象がまるで違いますよね。だから、余分な遠慮だけは捨てておきます。余分な分だけです。

別の街の大会なら、スタートやフィニッシュに近い宿が便利です。暖かな部屋から風雨の中へ出るのを、数分遅らせられる。タクシーが来なくても、自力でスタートへ行けます。

大切なレースへ向けて

ハーフやフルのような大事なレース前には、体を休ませます。何か月も、何百kmも準備して、できた気になっている。でも本番はまだです。長い距離では何でも起こる。大会はランナーにも観客にも都合のいい日曜が多く、練習も、その特別な日曜日へ向かうことになります。

本命レース前の数週間の調整を、テーパリングと呼びます。

よくある失敗は、できなかった練習を取り戻そうと、ここで負荷を増やすこと。もう遅いのです。ここでは、やり足りないくらいのほうが、余計な力を使うよりましです。

力を出し切りたい大会の前には、負荷を落とし、調子を整えます。普段どおり練習し、そのまま本番に出るのではない。決めた日に向けた、特別な調整期間が必要です。

最後の2週間ほどは、低い心拍の軽いランを中心に、速い刺激は短く。本当に短くします。気づかない小さな不調にも回復の時間を与える。必要なら、慣れたマッサージなどで張りを和らげることもあります。消耗の激しかった体が、グリコーゲンなどの蓄えを戻し、落ち着くための時間です。

何通りか試し、最後の数日を完全に休んだこともあります。でも僕には、それが一番合うわけではなさそうでした。

量を、ただ半分にする方法も試しました。これも、あまりよくなかった。減らした練習量に体がすぐ慣れ、力がたまる感じがしませんでした。滑らかに減らすのでなく、急に落としたせいかもしれません。

僕が最もうまく本番へ入れたのは、階段を下りるようなやり方でした。

月曜は普段の10km、火曜8km、水曜6km、木曜4km、金曜2km、土曜1km。そして日曜の42.2kmです。少しずつ落とす。これは僕の数字なので、ほかの人は自分の数字で考えることになります。

量を質へ変える時間です。練習量が減り、それまで育てた速さと持久力が、表に出てくる。その時期を、本番の日に合わせたいのです。

この期間は、気持ちがいたずらをします。走力が落ちたように感じる。でも、それを確かめようと走り込まない。ここは「計器飛行」です。調整の計画に従い、余計な考えを脇へ置く。落ち着いて、自分を信じる。感覚は、ときどきうそをつきます。初めてのことではありません。

僕も調整中は、何か間違ったのでは、ひどい結果になるのでは、と何度も思いました。それでも負荷を落とす方法は、僕にも、多くのランナーにも役立ってきた。目先の不安だけで、積んだ準備を変えないようにしています。

本番までの数日

日曜が本番なら、金曜からはしっかり休みたい。長い観光散歩は避け、ストレスは少なく。食事や生活時間も、急に大きく変えません。

僕は数日前から、穀物、バナナ、パスタなどの糖質を少し増やします。一方、揚げた肉、卵、燻製、乳製品、魚介、ドライフルーツなどは、自分の胃腸との相性を考え、前に問題のあったものを控える。本番中、消化について予定以上に考えたくはないからです。失礼ですが、これも大事な話。水分も忘れず、ただし無理に飲みすぎず、普段から補っておきます。

マラソンランナーには、妙な儀式がたくさんあります。靴、シャツ、ゼッケン、機器、ジェルを並べて写真を撮るのも、その一つ。でも、意味はあります。何が必要か考え、準備のリハーサルができる。仲間の習わしをなぞること自体、気持ちの支えにもなります。

糖質を蓄えたい。そこで、うれしい伝統の一つがパスタパーティーです。ランナーが集まり、スパゲッティなどの料理を食べます。

足の爪を確認してください。お願いです!

僕の鉄則は、本番に新品を投入しないこと。靴は、自分が履いて確かめたもの。性能を保つ距離が短い高級シューズでも、先に何度か走り、その後本番へ取っておきます。靴、ソックス、着圧用品。どれも事前に試し、サイズが合い、擦れないと知っておきたい。長い距離では予想外のことが起こるので、減らせるものは減らします。

当日までに用意するもの:

  • 信頼しているランニングシューズ。
  • 擦れないと確認したシャツやトップス。
  • ショーツかタイツ。
  • 試してあり、擦れない下着。
  • いつものランニングソックス。必要に応じて着圧タイプ。
  • 使う予定なら、試してある着圧ハイソックスやサポーター。
  • スマートフォンとイヤホン。
  • スポーツウォッチや心拍センサー。
  • ランニングポーチ。
  • ジェル、スポーツドリンク、エネルギーバーなどの補給。帽子、ヘッドバンド、バンダナなど、普段の頭まわりの装備。僕は帽子です。
  • 日差しが強ければ、スポーツ用サングラス。
  • 雨の予報ならポンチョ。
  • 必要な身分証明書、ゼッケンなどの参加用品。
  • フィニッシュ後に着る、乾いた服。
  • ゆったりした履き替えの靴。
  • 走っているあいだ、服を預けるためのバッグ。

大会によっては、前日や前々日に自分で受付へ行き、ゼッケンや参加用品を受け取ります。更衣室とトイレの位置、数、ほかにもトイレがあるか見ておく。翌朝スタートまで、どのくらいかかるか確認します。当日は通行止めもあるので、大切な情報です。

前夜はソファで横になり、本を読み、映画を見て、何もしない。休むのが仕事です。早めに寝たいけれど、正直、完璧には眠れないかもしれません。どれだけ自信があっても、少しは緊張する。眠りが浅くなるかもしれない分、休む時間を長めに取ります。

横になって、コースを丁寧に見ます。何がどの区間から見えるか。特に起伏です。上り、下り、曲がり角、橋、エイド。主催者の資料から、どこで力を使うかを考える。余裕がありそうな区間と、力を惜しまず使う区間。自分の作戦を組み立てます。

聴くプレイリストを決めるか、メトロノームを設定します。

5km、8km、10km、16km、21km、40kmはどこか。そこを軽やかに通る自分を、頭の中で走らせます。そのまま眠りについてもいいのです。

レースの日

目覚ましは二つ、5分ずらして設定しておきます。寝つけず、体内時計で起きられなかったときのためです。半年、一年と準備した大会に寝坊する。それはランナーの悪夢です。

僕はスタートの2時間ほど前に朝食を取ります。オートミール、米のおかゆ、パスタなど、慣れた糖質中心のものに、バナナや甘いお茶。量や時間も、練習で試したものにします。

スマートフォンとイヤホンが満充電か確認します。荷物を預けるまでは、モバイルバッテリーで充電する。僕はそうしています。

重ねすぎない。速く走るほど体は熱くなり、暑くなりすぎれば走りに響きます。寒めの日でも、余分なジャケットや長袖で、冷えるより先にのぼせることがあります。ゼッケンやチップをつけた服は、簡単に脱げません。スタートを待つ数分だけポンチョを使い、走る前に所定の場所に置いていく方法もあります。

会場に早く着きすぎると、冷えたり、手持ちぶさたになったりします。着替えたあと、アップに30〜40分残るくらい。僕には1〜1時間半前の到着が合っていました。大会の指定があれば、もちろんそちらに合わせます。

その間に、丁寧に、無理なく体を動かします。軽く跳び、20〜50mほどを短く走って温め、トイレの列へ。あとで行きたくなって、コース上で何分も失うのは惜しいものです。

スタートが長く続く大会なら、後ろのブロックから出られる場合もあります。ただし、遅れても参加できるとは限りません。整列やスタートの締め切りは、大会ごとの案内を確認します。トイレの列で必要以上に慌てず、でも時間どおり準備できれば、それが一番です。

知り合いに会うかもしれません。長話をする時間はなく、自分の集中も相手の集中も乱したくない。「いいレースを!」と声をかけて、それぞれの準備へ戻ります。

マラトン

ギリシャの東アッティカにある、小さな街です。僕が調べた資料では、人口はおよそ7000人。つまり、本当の本当の「マラトンの人」は、そのくらい。一方、自分をマラソンランナーと呼ぶ人は何百万人もいます。僕も、その一人です。

この街の名は、もしかすると世界で「アテネ」より多く口にされるかもしれません。僕たちランナーのおかげです。走ることを趣味にした人にとって、マラソンは大切な夢であり、大きな達成。特別に敬意を払う距離です。

走り始めて、マラトンの街にも行きたくなりました。そして行けたのです。友人と低い山や丘、川、並木道の間を車で進み、ペルシャ軍への勝利を知らせたという、あの兵士もこのあたりを走ったのか、と想像しました。走る仲間の精神を表す象徴があるのだろうと思っていたのですが、実際は普通のギリシャの海辺の街でした。食堂があり、戦いを記念する小さな兵士の像がある。戦争の勝利の記念であって、今の僕たちをひきつけるランの祭壇ではありません。それも、行ってわかったことです。

ランナーが語り継ぐ伝説では、この距離は伝令フェイディピデスを記念するものです。紀元前490年、ギリシャ軍がペルシャ軍に勝ち、その知らせをアテネへ届ける。途中で休まず走ったという。きっと心拍は高すぎ、エイドもなく、喉も渇いていたのでしょう。勝利を叫ぶと、力尽きて倒れた。悲しい話です。史実そのものというより、後世に形になった伝説とされています。それでも、しぶとく生き残っています。

1896年、ピエール・ド・クーベルタンらによる近代オリンピックが始まると、マラソンという名の長距離走も登場しました。第1回のアテネ大会では、トラックだけでなく、マラトンとアテネを結ぶ道を走ります。最初の優勝者はギリシャのスピリドン・ルイス、2時間58分。ただし、そのときは約40kmでした。

初期の七大会では、距離は40〜42.75kmの間で変わっていました。土地の条件や、競技場で見応えよく終えるための都合に合わせたのです。マラソンは特に名誉ある種目の一つで、オリンピックの終盤を飾る競技にもなりました。

今の42.195kmにつながる距離を走ったのは、1908年のロンドン大会です。初めは25マイル、約40kmの予定でしたが、ウィンザー城から競技場の王室席前まで、出発点とゴールの都合で調整されました。その後の大会でも距離は変わりましたが、1921年、国際陸上競技連盟が42km195mを標準に決めました。

今は毎年、世界で何百ものフルとハーフが開かれます。本当に、何百も。そのどれかに、あなたも出るかもしれません。そうなるといいな、と思います。

Abbott World Marathon Majorsは、東京、ロンドン、ボストン、シカゴ、ニューヨーク、ベルリン、シドニー、ケープタウンの8大会へ広がっています。ケープタウンがメジャーとして初めて開くのは2027年と発表されています。全部に出ることを夢見るランナーも多い。一方、Six Starメダルの対象は、引き続き最初の6大会、東京、ロンドン、ボストン、シカゴ、ニューヨーク、ベルリンです。シリーズの数が増えたことと、このメダルの条件は別の話です。

大切なレースの作戦

前日になってから練習しても遅い。でも、考えるにはいい時間です。長く準備したフルやハーフを、どう走るか。前もって作戦を立てられます。

初心者は、よくこう考えます。「走れるところまで走って、あとは何とかたどり着こう。最初に時間を貯金しておけばいい」。そして序盤で力を使い切る。途中で、いわゆる「マラソンの壁」にぶつかります。燃料の問題なども重なり、動くのが急に大変になる。最後は、何のためにこんなことを、と途方に暮れ、意志だけで進み、ときどき歩く。ペースは大きく落ち、序盤に稼いだはずの時間を、全部取り崩してしまいます。

悪い作戦です。もっと正確に言うなら、最悪の作戦。もちろん、僕の最初のマラソンは、まさにこれでした。見事に撃沈です。前半の貯金が、後半には利息つきの借金になっていました。記事を読むと、自分だけではないとわかった。せめて、そこは救いです。

もっと有望なのが、ネガティブスプリットです。想定した平均ペースよりゆっくり入り、徐々に速くして、後半を前半より速く走る。大きな記録を狙う場面でも使われます。でも、初心者には本当に難しい技です。

脚がもう動かず、意志だけでフィニッシュした経験はありますか。あれを知ると、後半に上げるなんて信じにくい。後半は必ずつらく、遅くなると思えてしまいます。でも、後半に加速する走りはできる。上手な人たちがやっているなら、市民ランナーにも、目指す余地はあります。

距離を三つに分ける方法もあります。最初は目標より少し遅く。スタートの混雑で、周りに抜かれる区間です。真ん中で目標ペースへ上げ、疲れた人を少しずつ抜く。最後に余力があれば、さらに上げる。なければ真ん中の速さを保つ。それがその日の力なら、使い方としては理にかなっています。完全な理想というより、妥協案。だから僕は、もちろん試したくなりました。どうも、中間の案にひかれるのです。

コーチの助言も、現実的に狙えるペースより少し抑えて入り、徐々に上げる、というものです。実際、スタート直後は密集し、進むほどばらけるので、初めは少し遅くなる。それで構いません。何通りか試し、この助言が実際に役立つと感じました。

例えばサブ4なら、平均で約キロ5分41秒が目安です。キロ5分40秒なら、計算上は4時間を少し切ります。長い距離なので、少し抑えた分を取り戻す時間はあります。最初に呼吸を乱し、心拍を急上昇させ、力を使い切らずに済む。疲れ切った筋肉は、フィニッシュ前に簡単には戻りません。滑らかに入り、温まり、呼吸と動きがそろったところで、少しずつ上げる。力のある範囲で、さらに上げる。アプリが平均ペースの改善を告げ、気持ちを後押ししてくれます。逆にペースが落ち続ければ、計画に間に合わないと絶望してしまう。体の声を聞き、そこまで自分を追い詰めないことです。僕を助けるのは、距離をいくつかの節目に分ける方法です。丸めて42kmなら、2にも3にも4にも分けやすい数字です。

ひとまず、難しく考えないことにします。

例えば、こんな具合です。

最初の4kmで、およそ10%。まだ楽です。でも、このくらいを、

あと9回ほど繰り返すのだと考えます。

6kmで約15%。最初の節目の1.5倍まで来ました。

10kmなら、ほぼ4分の1。これをあと3回、

それに少し足せば、ゴールです。

14kmで3分の1。よし、調子を見て上げられます。

21kmで半分。折り返しまで来ました! とはいえ、ここまでは練習でも経験した距離です。この先の最後は、いつもよりつらい。28kmなら3分の2。残りが小さくなり、力を確かめるところです。40kmで、もう少し。残った力を使い、前へ進みます。

僕は、三つに分ける作戦が一番好きです。初めは無理にでも抑え、心拍を落ち着かせ、「今は楽だな」と思う。真ん中では、計画を達成できないのではと怖くなり、上げる。最後の区間へ入るころには、もう遅れている気がして、失った秒を取り戻そうと頑張る。本当に「間に合わなきゃ」と感じるのです。若いころ、路面電車へ駆け込んだときのように。

競争は好きで、いたずら心だけで目の前の人を抜きたくなることもあります。でも、あまり意味はありません。入賞争いをしているわけではないのです。相手は、以前の自分。流れの中へ溶け込み、半年、一年かけて鍛えた体に、あとは任せます。

個人的な悲劇は、最後の数kmに起こりがちです。走れなくなって歩き、自分を裏切った気になる。リタイアする人を見る。「30kmの壁」にぶつかり、俗に言う、脚が売り切れた状態になる。気持ちだけは、まだ追加注文を出しているのに。

走り方は、自分の頭の中で決めておきます。距離から通過タイムを暗算するのが大変なら、紙の帯に通過時刻を書き、腕につけてもいい。自分用のペース表です。

初めてのフルやハーフなら、タイムを心配しすぎなくていい。完走できたら、今日は必ず初PBです。それだけで立派。初めから高すぎる壁を作らず、未来の自分に、少し伸びしろを残しましょう。初回は速く入りすぎないことです。

レース中にすること

運転を習ったときは、同時にこんなに多くのことができるなんて、信じられませんでした。アクセル、クラッチ、ブレーキ、ギア、速度、標識、周りと対向車線の車、道路の線、エンジンの温度、燃料、方向指示器、ワイパー。その後、慣れると、そのうえ音楽を選び、同乗者と話し、隣の車の人に気づく余裕まで出てきます。もちろん、注意をそらしていいという話ではありません。

脳は驚くほどなじみ、必要なところへ注意を配れるようになります。

ランも運転のように、見るものはたくさんあります。ペース、心拍、起伏、カーブ。走った距離、残り、次のエイドまでの距離と、自分の力。ピッチ、着地、腕振り、呼吸、ペーサー。それでも慣れると、イヤホンの音楽も聞こえ、抜いたり抜かれたりする魅力的な人、面白い仮装の人にも気づき、道沿いの建物を見上げられます。明日の仕事を考え、次に記録を伸ばすための練習を思いつく。次第に、それも自然になっていきます。

周囲を見るのは面白い。エリートはずっと先でも、折り返しですれ違えば見られます。速くて、きれいです。周りには、だいたい自分と同じくらいの力の人がいる。その走り方や作戦を見る。前の人の頭の余計な動き、着地、腕の振りすぎを観察し、自分も直そうとします。長い距離では、無駄の少なさが大事です。動きがばらばらになったら、力が尽き始めている。「しっかりしろ、自分!」。そう声をかけ、動きを整えます。

迷う時間と力を使わないよう、前に決めておきたいこともあります。どのエイドへ寄るか、補給をどうするか。水分は一気に取り返そうとせず、体調と事前に試した計画に合わせて取る。自分のペースで走るか、決めたペーサーについていくか。そうした判断です。

迷ってはいけないこともあります。具合が悪くなったら、やめて助けを求める。市民の大会で、国の名誉を守っているわけではありません。大きく言えば、僕たちは楽しみに来ている。プロでなければ趣味なのです。PBのために健康を賭ける必要はない。救急車がランナーの周りで対応する光景を、大会では見かけます。具合が悪いなら、どうするかを迷わないことです。

頭の中で残り時間を数えるのも、面白い工夫です。アプリは、終えた距離を知らせます。「もう25km。ずいぶん走った」「30kmだ、もうへとへと……」。それが、気持ちの重荷になることがあります。

代わりに残りを数えます。「あと10km。最後の4分の1だ。この距離なら何度も走った」「あと3km、12〜15分で終わる。止まって、バナナを食べ、写真を撮って笑える。もう少し。頑張れば、もっと早く終わる」。こちらのほうが、僕には効きます。

もう一つ、支えになる考えがあります。4時間以上かけるランナーは、4時間も運動し、考え、迷い、痛みと向き合います。チャンピオンは2時間余り。あの人たちは、気力を振り絞る時間が短くて済む。迷う時間も短く、飲み物と自撮りへ早くたどり着ける。初心者より楽ではないか。たった2時間ちょっとでゴールです。だから速く走ったほうが、早く終わって結果がわかる。そういう意味では、2時間は4時間よりいい。もちろん、走りながらの僕の勝手な理屈です。

フィニッシュラインを越えると、確信を持って言えます。42.2kmの先にも、人生はある。ここに、生きた、本物の、伝説ではないマラソンランナーがいます。今日の自分です。すべての大陸、国に仲間がいる、大きなランナーの輪の一員。早起き、うずく筋肉、傷ついた爪、何か月もの疑いを、今日は越えた。完走メダルは、どんなタイムでも、ちゃんとしたご褒美です。