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5月

走ることが、暮らしになった一年。

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5月

高山病とランニング

走り始めて、それまで聞いたこともなかった体の指標に出会いました。VO2maxです。

Garminの時計は、いろいろな値を分析します。心拍のようにすぐ出るものもあれば、しばらく使って初めてアプリに現れるものもある。あるとき突然、僕のVO2maxは48だと知らされました。いいのか悪いのか、さっぱりわかりません。毎日走って一か月後には52になったので、増えているならいいのだろう、と考えました。せっかくだから調べることにしました。

これが面白くて、しかも、すでに知っている話とも少しつながっていたのです。

山を登り、標高3000mを超えるあたりでは、高山病に出会うことがあります。高い場所では空気の圧力が低く、ひと息で血液に取り込める酸素も少なくなります。呼吸が増えても足りず、頭痛、吐き気、めまい、判断の乱れなどが出ることがある。体は呼吸や血液の働きを含めて、新しい条件へ適応しようとします。ただ、その変化には時間がかかります。経験を重ねると自分の反応もわかり、次の登山への備えが変わる。だから山は段階を踏んで登り、ある高さで泊まり、体を慣らしてから、また上へ進むのです。

高くなるほど負担は増えます。標高5340mほどのエベレストのベースキャンプでは、酸素を取り込める圧力は平地のおよそ半分。さらに上では、ますます厳しくなります。高所で酸素ボンベを使い、呼吸を助けながら登る人もいます。数歩進み、また息を整える。そんな世界です。

全員が酸素を使うわけではありません。ボンベを背負う人もいれば、薄い空気の中で体を動かせる人もいる。僕は、8000m峰14座を登ったアメリカの登山家、エド・ヴィエスチャーズの記事を読みました。補助酸素なしで頂へ登ってしまう。親からもらった体も、鍛えてきた力も、すごいものです。うらやましく思った人は、きっと多いでしょう。

チベットの人々やネパールのシェルパなど、高所に暮らす人には、その環境への長い適応があります。薄い空気の中で育ち、生活し、酸素の少ない条件で働く。シェルパの人たちが高所で長く活動できることには、いつも驚かされます。

酸素の少ない環境にどう対応するかには、生まれ持った条件も大きく関わる。練習で変えられる部分もあれば、限界もある。僕は、そう理解しました。

ランニングで知ったVO2maxも、生まれ持った条件と練習の両方に関わる、最大酸素摂取量という指標です。才能のくじ引きのような部分はあります。それでも練習によって、自分の持つ可能性を引き出すことはできます。

Vは量、O2は酸素、maxは最大。名前そのものが、最大の酸素摂取量を表しています。

VO2maxに一喜一憂

もう少し詳しく説明しましょう。VO2maxは最大酸素摂取量で、ここで使う数値は、体重1kg当たり、1分間に取り込んで使える酸素の最大量をミリリットルで表します。単位はml/kg/min。練習の進み具合を見る手がかりの一つです。

初心者はもともとの値が高くないことも多く、練習を始めると伸びます。体力の向上に伴って上がり、やがて自分の高い水準に近づくと、横ばいになる。そこから少し伸ばすには、より大きな工夫や、狙いを定めた練習が必要になります。

確かめるなら、施設で運動負荷をかけて測る検査が最も確かです。スポーツウォッチの値は推定で、精度は同じではありません。でも、練習とともに上がるか下がるか、その流れは追えます。

僕の場合、最初の半年で48から59へ上がりました。後半、負荷を増やすと56〜58のあいだを動くようになりました。速く厳しく走ったあとに下がり、負荷を落とすと戻ることも多かった。これが市民ランナーの僕の、ひとまずの天井なのかもしれません。

経験も才能もある選手では60を超え、70台になることもあり、オリンピック選手では80を超す例もあります。調べると、84や、さらには96ml/kg/minという、驚くような数値も出てきました。

低い心拍で走る量を増やすと、この値もあるところまでは伸びます。インターバル、十分な休養と睡眠、整った食事も関わります。下がったなら、何か変わったのかもしれない。負荷が強すぎるのか、休みが足りないのか。体重が増えれば、体重当たりの数値も下がります。一つの数字だけで決めつけず、考える材料にします。

練習と休養以外に、どう伸ばすのかも気になりました。例えば、生理学者ヴェロニク・ビラの名を取ったBillat 30–30という練習があります。簡単に言えば、30秒の速い走りと、30秒の軽いジョグを繰り返すものです。速い区間は、むやみな全力ダッシュとは区別して考える必要があります。

もっとも、これは間接的な指標の一つ。力を抜いて考えてもいいのです。選手のVO2maxを並べても、一番速い人、一番粘る人がそのまま決まるわけではありません。持っている力をどう使えたかは、実際に走って初めてわかります。一流選手は、VO2maxを変えずに記録を伸ばすこともある。たばこを吸う同僚に、もし90もの素質があっても、今すぐ数km走れるとは限りません。人生の進み方が違えば、チャンピオンだったかもしれないけれど。

メリーゴーラウンドの感覚

長く走ると、考えはいろいろなところを巡ります。「距離を重ねる」と言い、トラックでは周回を重ねる。車輪やろくろを発明して以来、人は回るものにひきつけられるのかもしれません。回転には、不思議な魅力があります。

長い距離を乗り切るために、一つ心の工夫を見つけました。足の下に大きなメリーゴーラウンドがあり、それが勝手に回って僕を運んでいる。走るのは、その上に居続けるためだけです。大きな力で自分を前へ動かすのではなく、何かに運ばれていると思うと、落ち着きます。しかも、特に「味方をしてくれる周回」がある。僕は7km目、11km目、17km目が、ほかより楽に感じます。それを知ると、その区間が待ち遠しくなります。

この感覚は、ふいに訪れることもあれば、あらかじめ用意することもあります。「7周目は楽になる」と自分に言っておくと、本当に7km目で力が戻ってくるのです。

頭の中のランニング・メリーゴーラウンドに、一度乗ってみてください。

ピッチ

地上で最も速い捕食動物は、チーターです。驚くような速度でほかの動物を追い越します。ただし、その速さを保てる時間は長くありません。

チーターとグレーハウンドの走りを比べる研究の話を読み、僕は歩幅だけでなく、脚を動かすリズムに注目するようになりました。速さの秘密を、ただ「大股だから」で済ませてはいけない。そんなきっかけになったのです。

1分間の歩数を、ケイデンス、ランニングでは一般にピッチと呼びます。足が地面に触れる頻度です。僕が速さを考え直す鍵は、この言葉にありました。

前から知ってはいましたが、それほど真剣に向き合っていませんでした。チーターの話で気になり、アプリを見ると、いい記録のときの僕は、歩幅130〜135cm、ピッチ163歩/分で、きれいにそろっていました。そこそこの速さの市民ランナーの数字。これ以上速くならないのも、なるほどと思いました。ゆっくりならピッチも低く、速ければ高い。そういうことだったのです。

走る速さは、おおまかには次の式になります。

走る速さ=平均歩幅×平均ピッチ。

速くするには、歩幅かピッチ、または両方を上げればいい。

残念ながら、僕は速くしようとすると、大股にしがちでした。よくある間違いです。短距離の走りを、そのままマラソンへ持ち込めばいいわけではありません。結果として、全体の速さはそれほど変わらず、太ももの裏を何度か軽く痛めました。

多くのコーチが目安に挙げるのが、毎分180歩です。1984年のオリンピックで、コーチのジャック・ダニエルズが長距離選手46人を見たところ、180を少し下回ったのは一人だけで、ほかはそれ以上だった、という有名な話があります。覚えやすい名前ですが、とても著名なランニングコーチです。市民ランナーのピッチは、それより低いことが多い。

体は人それぞれなのに、この魅力的な180という数字が、一つの理想とされるようになりました。だからといって、誰もが同じ数字に合わせる必要がある、という意味ではありません。

ピッチを変えるのは簡単ではなく、時間がかかり、退屈です。最初は少し滑稽でもあります。それまでは、速くなくても一応ちゃんとした走り方だったのに、急に脚をちょこちょこ動かすことになるのです。

速さを追わないなら、そこまで気にしなくてもよいかもしれません。僕は速くなりたくて、まず毎分170歩を超す一定のリズムに合わせてみました。Metronomのようなメトロノームアプリが使えます。軽快に鳴る音に、脚を合わせる。歩幅は短くなっても、走るペースが上がることがあります。

アプリや時計で自分のピッチを見られるはずです。130〜160くらいだったでしょうか。そこから、いきなり180へ変えるのは難しい。僕はまず5%ほど増やすように、小さな段階を踏む方法を考えました。そのリズムになじみ、よくなったら少し増やす。自分の範囲を探すのです。

なぜ気にするのか。自分に合うピッチへ調整すると、余分な動きが減り、同じ速さでも効率よく走れることがあるからです。疲れにくくなれば、そのペースを長く保てます。

メトロノームと走る

音楽に合わせるのと、メトロノームに合わせるのは、まるで別の話です。単調で、うんざりするかもしれません。大ファンになる人は、そう多くないでしょう。

でも何度か走れば、リズムをつかみ、頭の中でも刻めるようになります。体も、その動きの感覚を覚えていきます。

クリックの速さと時間を設定し、規則正しい音に歩調を合わせる。僕は、調子よく走れたときのピッチより少し高く設定し、そのリズムで足を出そうとしました。

これは忘れられません。虫の声にも似た機械的なクリックが、容赦なく鳴り続ける。僕がどんな速さで走っていようと、お構いなしです。でも気づくと、ずっと速く走っていました。

練習が終わっても、頭の中のカッコウ時計は、いつまでも鳴りやみません。

クリックが嫌なら、Apple Musicなどで160bpm、170bpmとテンポが示された曲を探す方法もあります。心からその音楽を愛する人は多くないかもしれませんが、ピッチ練習には向いている。もっとも、数えるために聴くなら、僕はメトロノームのほうが気楽です。

一回の練習全部を、あるいは毎回、そのピッチで走る必要はありません。一部の時間だけ目標のリズムを試し、それ以外は自分に楽なピッチで走る方法もあります。

確かめたわけではありませんが、キプチョゲのイヤホンから流れるのも、音楽よりメトロノームではないか。そんな想像をしてしまいます。

Extra Mile

英語にgo the extra mileという表現があります。直訳は「もう1マイル進む」。期待された以上のことをする、もうひと手間かける、という意味です。依頼された案を2点でなく3点出す。コーヒーに、頼まれていないクッキーを添える。注文を予想より早く、質も高く仕上げる。約束を、少し多めに果たすのです。もらった人だけでなく、できた人もうれしくなる。これがランニングには、文字どおりにもぴったりです。10kmのつもりで出たら、調子がよくて、あと500m、1km走れそうになる。あるいは本当に、もう1マイル、約1.61km。自分をいい意味で驚かせられます。いつも思いがけない追加でなくても構いません。週48kmでなく50kmにしよう、と少し不安ながら決め、それを果たすのも、自分なりのextra mileです。

距離だけの話ではありません。自分へもう一歩を求められるか。約束どおりで終えるか、自分の予想を少し超えられるか。小さな奇跡を起こし、怠け心や先延ばしを脇へ置いて、ひと頑張りできるでしょうか。

ときどき自分へextra mileを贈ると、自分を越えた感覚が、いいご褒美になります。自分を少し喜ばせ、驚かせてみるのです。